猫の身になって考えよ。猫は毎分毎秒「可愛い」それは闘病中も変わらない。
僕は闘病から、終活から、さまざまなタイミングで
ポーチーとの接し方で無意識に気をつけていることがあって
それが
「痩せちゃったね」
「汚れちゃったね」
「変わったね」
「可哀想に」
と、病に関連して起きた変化を、口に出して言わないこと。
もちろん思うこともないのだが。
僕が猫だったら、僕がポーチーだったら
きっとそんなこと言われたくない。
だっていつだってどんな時だって、今のポーチーが一番可愛いんだもん。

出会った初日のドラえもんポッケを自慢げに見せつけるようにひっくり返って
初トイレはトイレじゃなくてご飯の上でしちゃって笑、そんなポーチーを見た時
「今日が、一番可愛い日なんだろうな」
と、そう思った。
そしてそれは今日のこの日今の今まで、毎日ずーー〜っと更新され続けている。
毎日毎日飽きることなく、ずーーーーっと
「あ〜〜〜今日が一番可愛い〜〜〜!!!」
「くそう!!!今日も更新か・・・!!!」
そう思うし、そう伝えてきた
だから病で変化してくポーチーを見ても、不思議と可哀想とか、変わっちゃったとか、本当に一切思うことはなかった。
だってマジのマジで今だって可愛いんだもん。
飼い主と共にあれ
鼻水出てれば拭けばいい
歩けないなら連れて歩けばいい
トイレが厳しければオムツでも、手伝うでもいい
ご飯だってなんだって
全部一緒にやってきたんだ
あげ方が変わるだけ、過ごし方が変わるだけ
病気だからとか、そういう理由は関係ない。
赤ちゃんの時はなぜか飯にうんちしちゃってたポーチーが、いつの間にかトイレでできるようになって、
「あ〜もうご飯にうんちしちゃうポーチーは見れないのか〜」
と思いつつ、その変化がまた可愛くて。嬉しくて。
闘病の最中、食べなくなる姿を見て、もちろん辛い瞬間はあったし、「可哀想だ」と思ってしまう瞬間だって、本音で言えば、あった。
でもそれをポーチーに声に出して伝えたことはなかった。

だって、ポーチーだってなりたくてそうなったわけじゃないんだ。
気がついたらそうなっていたというだけで
それは闘病とは違う健康な日々でさえも。
出会った人、今、去年と今年は違うし、今日と昨日だって、全員違う
だから、どんな日でもどんなことがあったって、ポーチーがポーチーであることは絶対に変わらないんだ。
ポーチーを愛すということは「今のポーチーを愛し続けること」なんだから
“今”は常に更新されていく
その更新された”今”が、何度更新されようと、その更新先にいるポーチーは最強に可愛くて
最強に愛おしい
だから僕はポーチーの今をこれからも、ずーーーっと!愛し続ける!
過去のポーチー!悪いな!!!
お前達は今のポーチーに勝つことは、ないのだ!!フハハ〜!
ご飯にうんちしてたポーチーも世界一だけどな、闘病中のドーナッツポーチー、ケージでひっくり返るポーチー、常に今のポーチーが世界一だぜ・・・!
全時間軸、全状況のポーチーが一番。
皆様も闘病でついつい口走ってしまうこともあるかもしれませんが、
できることなら
「可愛いね」「今日も大好きだよ」
をたくさん伝えてあげましょう
猫の身になって考えて
絶対その方が、嬉しいから
闘病記の裏側で起きていたことや、実はこんなこと考えてた、ペットロスの方にむけて、、
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響介
